50'お気に入りディスク

ジャズがモードの世界からフリーの世界に入ると、私はジャズについて行けなくなりました。いや正確に記述すれば、子供の頃の私にとってジャズとフリージャズとは同義であって、「もきょきょきょ〜ぷひ〜」といった音の迷宮の音楽だと心に刷り込まれていたのです。ジャズを聴きはじめるのが遅かったのはそんな「偏見」があったからです。刷り込みの影響は大きくて、未だにフリージャズの愛聴盤はありません。50年代後半にジャズに影響されてブラジルで生まれたボサノバは、ジャズに逆輸入されて名盤がいくつも生まれました。私の愛聴盤にもボサノバが何枚か入ります。

60 ’MY FAVORITE THINGS(JOHN COLTRANE)

ベース、ドラムスが延々と同じフレーズを奏でる1曲目「MY FAVORITE THINGS」ですが、不思議と飽きません。コルトレーンのアルトサックスの絞り出すような音の洪水に溺れてしまうのです。いわゆる「フリー」ではないので苦痛はありません。ハウスのような不思議な陶酔感があるだけです。

2曲目以降は「バラード」・「ジャズ」ですので、そのまま気持ちよくソファに耽溺してしまいます。ただ個人的には饒舌なギターは平気なのですが、饒舌な管楽器にはちょっと苦手です。後期のコルトレーンこそ至高とする人からみれば、私は「全然分かっていない素人」です。

コルトレーンのグループにウェス・モンゴメリーが加入する話が幻に終わりましたが、もし加入していたらお互いにどんな影響を与えあったのでしょうか?ギター好きとして、聴きたくもあり、今のままで良かったと思う心もあり。サンタナのような信奉者や、和田アキラのように「Ballads」のカバーアルバムを作るギタリストがいたりと、ギタリスト的にも重要なミュージシャンです。

このアルバムも輸入盤と国内紙ジャケ盤を所有していましたが、高音質の紙ジャケ盤を処分して、国内通常盤に交換しました。

61 ’BAGS MEETS WES
(MILT JACKSON AND WES MONTGOMERY)

私のオーディオ・チェックディスク1号です。1曲目の「S.K.J」イントロのベースの量感、ウェスのギターの生々しさがどれだけ出ているか。2曲目の「STABLEMATES」のフィリー・ジョー・ジョーンズのドラムスの音の張りと重さがどれだけ出ているかを重視しています。この2曲だけで何百回聴いたことか。結果、現在のシステムの音が出来上がり、ほぼ満足をしています(そりゃ、ン百万のハイエンドのような音はしませんが、比較するのは酷なものです)。

もちろんアルバム自体も文句なく素晴らしい出来です。ウェスもミルト・ジャクソンも実に伸びやかにプレイしています。またサム・ジョーンズの弾けるようなベースプレイや、ウィントン・ケリーのツボを押さえたピアノも聴いていて楽しい!

太くて逞しい音色がするウェスのギターは大好きで、ソロアルバムはもちろんのことレーザーディスク(!)も「JAZZ 625」と「JAZZ PRISMA」を所有していますが、このアルバムでのプレイが一番好きです。

62’ OUT OF THE AFTERNOON (ROY HAYNES)

チェックディクス2号。ロイ・ヘインズの饒舌で奔放、しかも乾いたドラムの音がどれだけ「どこどこどーん」と出るかをチェックしています。1号でOKの場合、2号でもOKです。満足。

しかしローランド・カークのプレイは凄い。ローランド・カークはソロアルバムも持っていますが、このアルバムでの演奏が一番好きです。艶っぽさとか豪放さとは違う魅力ある音色がします。そしてトミー・フラナガンの「落ち着いた」プレイが隙間を埋め、その合間にロイが「どこどこどーん」。

はずれの曲はありません。「FLY ME TO THE MOON」,「IF I SHOULD LOSE YOU」といったスタンダードが特に好きです。最後を締めるのは「SOME OTHER SPRING」。ハスキーなカークのサックスが静かに歌い上げます(さすがに「どこどこどーん」はありませんが、それでもイントロで「とんっ、たかたかたか」と生気みなぎるドラムスが…)。収録時間が38分程度なこともあって、それこそ「あっ」と言う間に聴き終えてしまうアルバムです。

62’Circle Waltz(DON FRIEDMAN)

もしかするとビル・エバンス「PORTRAIT IN JAZZ」より多く聴いているかもしれません。「なにかピアノトリオものでも聴こうかなぁ」と思うと、ついこのアルバムに手が出ることが多いのです。そして1曲目の「CIRCLR WALTZ」から、ある意味、エバンス以上に美しくて繊細なプレイに引き込まれます。

ジャズの要のベースはエバンスとの共演作があるチャック・イスラエル。エバンスを連想させるのは決してドン・フリードマンのプレイだけのせいでないことがうなずけます。絶妙にピアノに絡みつくベース。そしてトリオの織り成すリリカルな世界に40分間が瞬く間に過ぎてゆきます。

ちなみに DON FRIEDMAN は、これ1枚しか所有していません。好きになると何枚も買い集める私ですが、なぜか食指がのびないのです(これ1枚で十分だという話も聞いたことがあります)。

64’BOSSA ANTIGUA(PAUL DESMONDO)

デイブ・ブルーベック・カルテットの真の魅力はポール・デスモンドの軽やかでジェントルなアルトサックスにあるといっても、異論を唱える人は少ないと思います。そんなデスモンドと知性的なギターを弾くジム・ホールのコンビによるジャズ・ボッサ(本当の意味でのボサノバではないと思います)。捨て曲なしの名演揃いなのですが、3曲目の「O Gato」が一番のお気に入りです。

このコンビの作品は多く、また名作揃いなので、私はデイブ・ブルーベック・カルテットのCDは(ほとんど)買いません。「ポ−ル・デスモンドを聴くならジム・ホールとのコンビものを」という訳です。

もちろんジム・ホールのアルバムも何枚か持っています。しかしポール・デスモンドもそうなんですが、ビル・エバンスやロン・カーターのデュオを聴くと、いかにこのジム・ホールという人が相手の魅力を引き出すのが上手いかに驚かされます。

67’WAVE (ANTONIO CARLOS JOBIM)

至福の30分を過ごせるアルバムです。窓越しから分かる程、強い夏の陽射しがさす休日の日中、冷房が効いた部屋で冷たいジンライム(ジントニックでも可)を飲みながら聞けたら最高だと思います。

基本的にインスト中心です。クラウス・オーガマンのストリングスが原曲を素晴らしく彩ります。肝心のジョビンはギターとピアノ(とハープシコード)を演奏していますが、このアルバムはプレイがどうのこうのといったものではありません。アルコールを体内に注入して、「だぁ〜」っとした心身共にリラックスしながらBGMとして聞くのが正しい接し方のような気がします。

冒頭の「WAVE」は、昔、FMのある昼の番組(番組名は失念)のオープニングとクロージングに使われていた印象が強く、夜に聞くと不思議な感じがします。それ以外の曲は夜でもOK。しかし、私にとっては、やはり明るい陽射しを感じながら聞きたいアルバムであることは以前から変わりません。

68’El Hombre(PAT MARTIONO)

とても嫌なことがあったので職場の飲み会の2次会には参加せず、ひとり札幌狸小路の「ボッサ」へ行ってスピーカーの真ん前の席を陣取って大音量のジャズに紛れて愚痴を溢したことがあります。そのときに流れていたのがこのアルバムでした。

見事なオクターブ奏法だったので、「あれ、ウエスの知らないレコードだ」と思い、DJブースにまでわざわざ確認に行って、パット・マルティーノを知りました。

同じ「Pat」でも「Metheny」とは音楽性が大違い。どちらも好きなのでCDはどんどんと増えていきましたが、「Martino」は品切れが多くてなかなかコンプリートができません。それでも結構な枚数を買い求めましたが、基本的なマストバイがを持っていなかったりしています。また「Metheny」と違ってBGMには決してならず、聴くときには「Martino」と同様に真剣に向き合っています。とてもじゃないですが、私がコピーできるギタリストではありません。でも大好きです。

68’SAMBA'68(MARCOS VALLE)

ボサノバの宝石箱のようなアルバムです。奥さんでもあったアナマリアと、単なるユニゾンではなくて上下に分かれたパートのデュエットで歌います。音楽的にとてもレベルが高く、何度聴いても全く飽きません。

有名な「So Nice (Summer Samba)」はこの人がオリジナルです。やはりオリジナルはイイですね。またテイ・トウワの「Future Listening!」でもカバーされている「Batucada」もやはりこの人がオリジナルです。テイのアレンジも近未来(現代?)的でカッコイイのですが、マルコス・ヴァーリのほうが私は好みです。シンプルながらもサビの部分のデュエットに背筋がぞくぞくします(本当の意味でいえば、2ndアルバムの「o compositor e o cantor(シンガー・ソングライター)」(65年作)がオリジナルです。このアルバムの本人カバー集が、この「SAMBA'68」です)。

この人と、アストラッド・ジルベルトの「The Astrud Gilberto Album」があれば暑い夏が来ても大丈夫。収録時間はどちらのアルバムも11曲で27,8分!ブレイクタイムに聴くにはちょうどいい時間。

68’Are You Experienced?( JIMI HENDRIX )

ジミヘン初体験は小学生のときでした。いつもは聞かないラジオ番組で偶然オンエアされた、有名なウッドストックでの「The Star SpangledBanner」でした。

安いラジカセでの音でしたが、エレキギターが急に迫力溢れる爆撃機に変化する様に途轍もない衝撃を受けました。DJがその時代背景を説明をはじめ、「こういう表現の仕方もあるのか!」とさらに追い打ちをかけられました。

私が「ロック」と呼ばれる音楽を聴くようになったのは高校入学後の80年代になってからです。「産業ロック」「プログレ」「ニューウェーヴ」「パンク」そして「ビートルズ」とメニューは豊富でした。しかし私にとっての「ロック」とは、以前も現在も JIMI HENDRIX なんです。不定期的に「新譜」が発掘されるので、ジミヘンは私にとって現役のミュージシャンです。

69’Led Zeppelin II (Led Zeppelin)

私がツェッペリンを聞き始めたころは、ラジオからは新しく華やかな「ロック」が次々と流れていました。ツェッペリンはヒストリーを交えた特集で紹介されるような、バブルよりも上の世代のロックヒーローでした。

ツェッペリンも、私にとって「ロック」の尺度です。健康的とはいえない疾走感に溢れ、飛び散る汗とむせかえる熱気の中に時折吹き抜ける爽やかな風が気持ちがいい。ハードロックを形容する典型的な語句が最も相応しいのが、この「Led Zeppelin II」だと個人的には思っています。

ジミー・ペイジのギターテクニックを現在の視点から嘲笑する人もいますが、それは残念。ジミー・ペイジのフレーズを本人以上に淀みなく華麗に弾いたとしても、ジミー・ペイジのギタリストとしての偉大さは少しも損なわれません。